変な趣味とか イラストと呼ぶにはおこがましい落書きとか書いてます。
2014.09.30 Tue
何が?ってこのブログサービスのFC2の運営に関するニュース。
今後日記はツイッターで、絵は書いたらpixivに載っけようと思います。
名前は全て丸岡で、こぼるとくんを目印にしていただいたら、まあ間違いないです。
自分で閉鎖はしません。
今後日記はツイッターで、絵は書いたらpixivに載っけようと思います。
名前は全て丸岡で、こぼるとくんを目印にしていただいたら、まあ間違いないです。
自分で閉鎖はしません。
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2013.07.01 Mon
前回の記事で「死ぬわけにはいかない」と書いたが
「もう死んでもいいや」と思うようになってしまった。
あらゆるものに興味が無くなり、執着が無くなった。
もちろんお金も無い。
大抵この後、ちょいとした稼ぎの話が見つかり命を繋げるのだが、
もう仕事をする気力もない。
いよいよ人として終わりである。
他人を楽しませるブログのはずが、気づいたら鬱病の人間の生存記録になっていた。
これが最後の記事になるかもしれない。
もう閲覧者など居ないだろう。
しかしネットが存在する限り
「俺が生きていた記録が残る時代」に生まれたのは幸いである。
人生に希望が見いだせたなら
またお会いしましょう。それでは。
「もう死んでもいいや」と思うようになってしまった。
あらゆるものに興味が無くなり、執着が無くなった。
もちろんお金も無い。
大抵この後、ちょいとした稼ぎの話が見つかり命を繋げるのだが、
もう仕事をする気力もない。
いよいよ人として終わりである。
他人を楽しませるブログのはずが、気づいたら鬱病の人間の生存記録になっていた。
これが最後の記事になるかもしれない。
もう閲覧者など居ないだろう。
しかしネットが存在する限り
「俺が生きていた記録が残る時代」に生まれたのは幸いである。
人生に希望が見いだせたなら
またお会いしましょう。それでは。
2013.03.14 Thu
晴れた日が続いているので掃除がはかどる。
本の整理中に見つけたのは古めかしいノートだった。
開いてみると母の日記帳だった。
僕が小学生の頃のものだ。
読み続けていると、母の苦悩が綴られていた。
そんな昔から、我侭な僕たちと父に振り回され、
誰にも相談できず、一人で、ずtっと、ずっと耐えて頑張ってきた母の、
晴れる事のない内容の日記。
母の日記の最後はいつも、テレビで見た歌の歌詞や詩で締めくくられていた。
常に悲しい内容だった。
それは母の心境を映し出していた。
声を出して泣いたのは久しぶりだった。
「まだ死ねない」と思ったのも久しぶりだった。
本の整理中に見つけたのは古めかしいノートだった。
開いてみると母の日記帳だった。
僕が小学生の頃のものだ。
読み続けていると、母の苦悩が綴られていた。
そんな昔から、我侭な僕たちと父に振り回され、
誰にも相談できず、一人で、ずtっと、ずっと耐えて頑張ってきた母の、
晴れる事のない内容の日記。
母の日記の最後はいつも、テレビで見た歌の歌詞や詩で締めくくられていた。
常に悲しい内容だった。
それは母の心境を映し出していた。
声を出して泣いたのは久しぶりだった。
「まだ死ねない」と思ったのも久しぶりだった。